憲法9条かえないで−京都の女性たちのアピール
瀬戸内寂聴さんの憲法九条に寄せる思いは次の文章です。
東北の天台寺で、私は毎月法話を行っている。青空説法だが、全国から数千人の人々が集ってくれる。先月、時間も終わりになった頃、私の足許で声がした。
「これからの日本はどうなっていくのでしょうか」
見れば、にきびの出はじめた童顔の少年である。中学3年生だという。かねがね私は、このままでは日本は滅びへの道を一目散に疾走しているとしか思えないと、内心はらはらしている。しかし、こんな前途のある少年に向かって、そんなことをうかつに言えるものではない。
「あなたは何が心配で、日本の将来のことを考えているの」と訊いてみた。
「このままでいけば、憲法が改定され、9条がなくなりそうです。すると、僕は戦争に征かされそうです。それはいやです。日本はどうなるのでしょう」
私がことばを返す前に聴衆から、大きな拍手が爆発的に湧き起った。私は感動で泣き出しそうになるのをこらえ、少年に言った。
「あなたが戦争に行きたくないと思えば、いやだと胸をはって言いなさい。まだ日本の憲法は生きています。9条は生きています。でも、あなたの不安は正しいのです。いま、日本の政治の方向は、今の戦争放棄の憲法を捨て、戦争のできる憲法に改定しようとしています。2005年を目処に改定案を出すといっているし、野党もそれに賛成している党もあるのです。あなたはなぜ、戦争に行きたくないの」
「死にたくないから。だってぼく、やりたいことが一杯あるんです」
「それじゃ、憲法が改定されないよう戦いましょう。一緒にがんばろうね」
また万雷の拍手が湧き、山にひびき渡った。
−瀬戸内寂聴「京都新聞・天眼より」
日本の文壇というのは左翼っぽいものである。だから、文士が左翼的発言をしてもまったく驚くには当たらない。いわゆる進歩的文化人なるいかがわしい人間も新聞・雑誌などのマスコミでエッセイなどを書いていて、実にほほえましい限りである。空想的平和主義に凝り固まっている彼らの言葉を聞いていると、日本は実に平和であると思わざるを得ない。
大橋巨泉なども週刊現代でもっともらしいエッセイを書いているが、言っていることと彼が選挙並びに政治でやったこととのアンバランス・アンビバレンツを彼自身どう思っているのであろうか?彼程度なら、普段は日本にいないわけであるし、たまに帰国しても出稼ぎしているので、一般大衆に触れることもなく、影響力も微々たる物で、なんらの心配も要らないわけだ。
しかし、文士で尼さんで住職を務めた(今は退きましたが)瀬戸内寂聴殿はそうはいかない。なにせ、日本国外にいて、日本と関係のない生活を送っている(私も同じだ!)大橋巨泉殿とは違い、毎月毎月青空説法なる法話を行っている。新聞にも出る、雑誌にも出る。大橋巨泉殿とは影響力が比べ物になりません。
そこでだ、「にきびの出はじめた中学3年生の童顔の少年」が、誰に教わったのかひねた質問をするわけだ。
「これからの日本はどうなっていくのでしょうか。このままでいけば、憲法が改定され、9条がなくなりそうです。すると、僕は戦争に征かされそうです。それはいやです。日本はどうなるのでしょう」
なぜ、そういう結論になるのかな?この、
(1)憲法が改定
↓
(2)憲法9条がなくなる
↓
(3)徴兵制復活
↓
(4)(日本国の意思の元での)戦争開始
↓
(5)にきびの出はじめた中学3年生の童顔の少年、戦死
という論理の流れが唐突すぎてわからない。さらに、
私がことばを返す前に聴衆から、大きな拍手が爆発的に湧き起った。私は感動で泣き出しそうになるのをこらえ、少年に言った。
この少年の質問に聴衆から大きな拍手が爆発的に湧き起った
のは何故だ?もちろん、瀬戸内寂聴殿の普段の説法を聞き慣れているから、瀬戸内寂聴殿の意見に与しない(私のような)輩はいないはずだからですね。
その質問に瀬戸内寂聴殿は答えて、
「あなたが戦争に行きたくないと思えば、いやだと胸をはって言いなさい」
と、(1)、(2)が未だ起こっていない事象であるにもかかわらず、(3)徴兵制復活に話が飛んで、徴兵拒否をしなさいと言うわけです。この法話、なんらかの法話の主と聴衆のコモンセンスが出来ているのですな。そうじゃなければ、この論理の飛躍、私が聞いていたら文句を言います。文句は出ない。拍手が起こる。
これは、戦前の天皇の御言葉、ヒトラーの演説、100%の票を集めたサダムフセインの大統領選挙、北朝鮮の将軍様と同じ話ではないかな?もちろん、瀬戸内寂聴殿がそういった人物と一緒だということではありません。ただ、聴いている人間全員の賛同有りは、同じシステムでしょう?ということです。
瀬戸内寂聴殿、続けて、
「いま、日本の政治の方向は、今の戦争放棄の憲法を捨て、戦争のできる憲法に改定しようとしています。」
と述べられています。頷く聴衆。ちょっと怖いね。
具体的に、どこのなんという政党が「今の戦争放棄の憲法を捨て、戦争のできる憲法に改定しようと」しているのか?さすがの自民党がしているんですかね?自民党くらいしかいないからね。それとも、岡田民主党?まさかね。
集団的自衛権はいざしらず、専守防衛のための戦闘を憲法に明記するのも広義で言えば「戦争のできる憲法」ですが、それのことですかね?それとも集団的自衛権の話をしているんでしょうか?国連憲章の集団的自衛権の権利を放棄するわけですな。
でも、国連は防衛権、集団的自衛権を放棄した国の防衛に関しては何も述べていません。逆に、侵略されたら自助努力で持ちこたえて下さい、その内なんとかしますからと言ってます。その内なんとか、のなんとかって、安保理にかけるということですが、もちろん拒否権を中国・ロシアが振りかざすんでしょうなあ。国連は当てになんないね。
少なくとも、自衛権まで放棄してしまうと、誰が日本を守るのか?守らなくてもいい?蹂躙されるに任せるわけ?
信じられないですな。福島瑞穂、土井たか子じゃあるまいし。
瀬戸内寂聴殿、あなたは仏門にある身で、釈迦が前世で餓死する虎の親子に自身の身体を与えた捨身をされてもいいですが、こちとら仏門なんて関係ない。女子供を蹂躙されるのに任せるような同じ国籍の男子など信用出来ますかね?
それで、このガキは、
「死にたくないから。だってぼく、やりたいことが一杯あるんです」
アホ!そこまで飛躍するかなぁ〜。
「それじゃ、憲法が改定されないよう戦いましょう。一緒にがんばろうね」
おいおい、「戦いましょう!」って不戦の誓いはどうした?瀬戸内寂聴殿?だいたい、(1)から(5)のプロセスひとつひとつをガキに教えてやるのが筋だろうに、それが、憲法9条を死守しよう!となるかね?
憲法9条は、世界平和という目的に至る道具じゃなかったんですか?
憲法9条自身が目的と化してしまった、憲法原理主義になっちゃったんでしょうか?
信じられない。。。_| ̄|○
※私のべつのブログからの2番煎じです。取りあえず転載しておいて、後日手を入れてみたいなと。読まれた方は飛ばして下さい。



































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